僕らは遠距離恋愛をしていた。

東京で出会い、彼女が地元へ戻る数日前に付き合うことになった。それから2年間、彼女はヴァイオリンのレッスンを口実にして隔週で東京へ来てくれた。僕から彼女のところへ行ったのは半年に1度あるかないかくらいだった。

人と人との関わりとは面白いもので、はじめは共通点を見つけるのに苦労したが、心を許した瞬間から、異なる価値観のあらゆるものが魅力的にみえてきた。少しづつ僕は彼女に魅了されていった。


6月のある夜、新宿のとある喫茶店に呼び出された。彼女のお気に入りの喫茶店、〝あそこでバナナマンの日村をみたと話していたなあ〟なんて思いながら、また、〝改めて話があるということは、同棲かなにかの話だろうか〟とぼんやり考えながら足を運んだ。


待ち受けていたのは「他に好きな人ができた」だった。


彼女とのはじまりは彼女が声をかけてきたことがきっかけだった。満面の笑みで、僕の倍はありそうな元気な声で。

僕を楽しませようと色々と計画を立てたり、遊びに誘ってきたのも彼女からだった。考えてみたら僕は彼女の気持ちに流され、身を委ねるように過ごしていた。ゆっくりと時間をかけて彼女の魅力に気づき、そして愛情を感じるようになった頃には相思相愛を信じていたし、気持ちは伝わっているものと思っていた。

馬鹿げた話だけど、彼女が僕を好きじゃなくなるなんて思いもしなかった。だから他に好きな人ができたという言葉を理解するのに数秒かかったのを覚えている。彼女は泣いていたけど、僕は笑っていた。あまり現実的な状況じゃなかったから。


彼女と最後の言葉を交わし、新宿駅京王線の改札口に入る。ふわふわと頭がぽーっとしていて、ホームに溢れかえる音が驚く程耳障りで、気分が悪くなったので改札を出る。駅を出てとりあえず歩く。〝考えてみたら、あのときの発言やあのときの態度、気持ちが離れているというサインは彼女から発せられていたんだな〟と、今までのことを思い出せば出すほど、別れを予測できる要因は散りばめられていた。いかにお互いのことをきちんとみていなかったかを思い知らされた。


歩き続けながら、友人知人に、彼女と別れましたメールをするという意味不明な行動をとっていると、当時よく遊んでいた幼馴染から電話がかかってくる。話をしたら「うちに遊びにきなよ」と言ってくれたが、とても人に会う気分ではなかった。「明日、昼間に行くかもしれない」と伝え電話を切る。そして一晩中歩き続けた。


朝方、喫茶店ではヘラヘラしているだけで少しも伝えることができなかった想いを、彼女にメールした。そして、さよならを告げた。


電車に乗り家に帰った。最寄り駅につくと彼女との思い出に溢れかえっていることを実感する。街の至る所に思い出が点在していて、アパートに入るとやはり気分が悪くなった。シャワーを浴びて友人の家に向かうことにした。


その後、1週間、友人たちの家を泊まり歩いた。ほとんど睡眠をとることはできなかった。まるで漫画みたいに食べものが喉を通らず、水分をとるのがやっとだった。これほどまでに傷ついてしまう自分自身に驚いた。それは、別れという事実よりも、僕が彼女に対して誠実ではなかったことに対する後悔だったような気がする。

〝どうしてもっと彼女のところへ会いに行かなかったのか、どうして満面の笑みに満面の笑みを返してあげられなかったのか、どうして気持ちを伝えずに悲しい思いをさせてしまったのか、どうしてあのとき、どうしてあのとき〟

あの笑顔はもう僕のものではなくなったんだと思うと、全てが幻だったような気がして、爪先から脳天に至るまで悲しみに占領された。


別れから8日が過ぎた夜。彼女と付き合いはじめてから撮りはじめたポラの束を部屋にばらまいた。無造作に切り抜き重ね合わせ、ぽっかりと空いた穴に彼女を思い浮かべた。それを消し去るように、ファッション誌のモデルを描きなぐり、それを複写した。


僕らは事実ではないことを事実らしくつくりあげる作業をしていたのだろうか、そんなことを思いながら。