2019/08/31

8月も終わる。お盆を過ぎるとなんだか急に日が短くなったように感じる。まだまだ暑いは暑いけど、所々秋めいてきて、季節の変わり目になると感じる懐かしい気持ちにほんのり心がちくちくしたりする。

 

5月に引越しをして、3ヶ月。まだ3ヶ月しか経ってないのに、前の家に住んでいたことがずいぶん昔のことのように思える。6月には職場も変わった。20分強通勤時間が長くなったことで、より家の近くで働きたい欲が強まった。ただ、先輩ケアマネが増え、優しく指導してもらえたり、気兼ねなく相談できる環境ではあるので、働きやすくなった面もある。何はともあれ、先行き怪しいケアマネ業をどのように渡り歩いていこうかと悶々としている日々である。差し当たっては、物語りと介護情報をミックスしたようなものを発信していけたらなあと考えている。

問題は書く時間を確保できるかどうか。

以前は、娘をお風呂に入れたあとは妻にバトンタッチしてのんびり入浴タイムを楽しめたのだけど、今は娘と一緒にお風呂から出て30分ほどかけて寝かしつけを行い、娘が無事に眠ったら、洗浄機内の食器を片付けるまでが僕の担当になっている。そのあと、少し家族写真のデータ整理なんかしているうちに眠くなってしまう。

まとまった時間が作れないのは辛いけど〝娘と関われる時間が増えたうえに妻の負担を減らすことができるなんて!やっほーい!〟という感じなので、やりたいことできていないにも関わらず幸せなのがすごい。そんなふうだから、今まで負の感情を浄化するために作品つくりをしていた僕の手が動くはずもない。

時間の問題というよりも、きっと、何のために書くのかはっきりしないと始まらないのかもしれない。ケアマネを続けていくためのモチベーション維持のため。学んだことをまとめ、わかりやすい資料として活用できるようにするため。物語りを通して支援のあり方を探るため。例えば、むかし仲の良かった疎遠になってしまった友人をふと思い出し〝いまどうしてるかなあ〟なんてぼんやり思うことがある。僕の人生からは姿を消した後も、当たり前のように続いている友人の人生に想いを馳せるように、誰かの老後のことを一緒に考えていけるようなものにしたい。

あーしたいこーしたいで時間が過ぎてってしまうような気もする。まあ、それならそれも良し。

 

娘はよくおしゃべりするようになり(僕らのことを かっか・とっと と呼べるようになった!)、歩くことも上手になって、体力がついたのか朝寝の必要がなくなった。食事の好みも変わり、夜泣きは全くなくなったけど、ぐずりは着実にパワーアップされており、日々対策に追われている。一日中ぐずられたり、それがこちらの手際の悪さが原因で昼寝の時間を失敗した結果のぐずりだったりすると、「娘にもうしわけないことをした」と落ち込んだり、「なんだよもう〜」とイライラしたりしてしまう。たまの休日にやる僕のワンオペ育児でさえそうなのだから、それが毎日となれば妻がどれほど大変なのかは想像にむずかしくない。

 

そういえば、先日、久しぶりに妻と子育てとは関係の薄いたわいのない会話をした。妻はそのとき「こうやっておしゃべりする時間がもう少しあると嬉しいな。」とにっこりと笑った。感じたことを率直に言葉にしてくれる妻を素敵だと思ったし、妻をもっと大事にしたいと思ったし、妻の一人の時間を作ることも大切だけど妻との時間を作ることも大切だよなあと改めて思ったりもした。

僕らはどうしてこんなにも未熟なんだと笑い合ったり、いやいや大変なことをよくやってるよと讃え合ったりしながら、これからも一生懸命に僕らの日々を愛でていきたい。