2018/02/28

もう2月も終わろうとしている。早い。年が明けてから39日仕事をして、3日研修を受け、20日休んだ。2名の看取りに立会って、5回ほど外食して、1度だけひさしぶりに全力疾走した。映画は観てないし、本は仕事関連以外は読んでないし、ギャラリーも行ってない。7本フイルムを撮り切って、3台のカメラにフイルムが入ってる。写ってるのは娘8割妻2割。絵日記は辛うじて続けられているし(ここ最近は娘の寝つきが悪く描けてないけど)、メモ程度の手帖日記は毎日つけるようにしている。ただ、長めの文章は全く書けてなくて、日々感じるあれやこれをほったらかしにしてるみたいで軽い罪悪感がある。毎度似たような内容だとしても書くことは大事だなあと思う。

娘は1歳になった。まだ卒乳してないし、夜泣きするし、歩く気配はない。妻曰く、同じ月齢の子ができることができてないこともちらほら。心配する妻の気持ちもよくわかるし、全く気にならない僕の気持ちもよくわかる。今のところ、子育てに対するこだわりよりも、どうやって妻の負担と不安を軽減して楽しい時間を増やしていくかということに脳みそと心と体を使っている。結果、それが娘のためになるような気もするし。
娘は好奇心旺盛であちらこちらを駆けずり回り、気に入らないことがあると声を荒げて怒ったり、楽しいことがあるとそれを何度も何度も飽きるまで繰り返したり、、最近は朝起きると眼鏡を取って僕に手渡してくれたりする。意味ある声を発したり、こちらの言っていることもそこそこ理解しているようで、あのもぞもぞと動くだけだった生きものが随分人間らしくなったものだと感心する。
なんにしても、ボーナスステージのような実りある毎日。本当生まれてきてくれてありがとうだし、産んでくれてありがとう、だ。

1日の半分はぴちぴちの生命に触れ感化されているが、残り半分は死に近いことろで仕事をしながら、いぶし銀の生命を感じている。
ケアマネになって1年が経ち、様々なケースを担当させてもらっているが、常に気になることは、利用者さんの役に立てているのかってこと。なんていうか、単に生活を送れるように支援するだけではなく、その人らしい人生を送れるように支援できているかな、と。努力はしているけど、正直むずかしい。むずかしすぎる。ただ、ケアマネ業にもだいぶ慣れてきて、大変だ大変だと疲弊するだけの日々は少なくなった。時間をみつけてまた介護のはなしを書きたいなと思っている。今度はケアマネの視点で。職場では表現できていないところを物語りや絵本にしてみたいし、それを仕事に還元できたら更に良いなあと思う。やりたいことは山ほどある。形になるのはいつのことやら、だけど。

欲しいカメラもあるし、作品もつくりたいし、展示もしたい。でも、そのために必要な時間もお金もパワーも自分のために使うのが勿体無く感じてしまう。娘を撮るだけで満たされるし、それだけで生きていける。なにか別のことに使いたい気分。あ、でも、娘が物心つくようになったら、娘の了解を得て、日々撮りためている娘の写真で展示したいなあとは思ってる。なんのためにそれをするのかはわからないけど、その時々でしか楽しめないことを楽しめていけたらいいなあ、、と。

さて、甘酒のんで寝よ。