2018/12/22

父は若い頃、歌手を目指していた。夢破れたあともずっと歌うことが好きで、僕が子供の頃にはカラオケ大会に出場して優勝したりして、歌が上手な自慢の父親だった。

僕はとても小さな村で生まれ育った。隣の民家までは50メートルほど離れていて、街灯はなく、夜になると月明かりだけが頼りだった。確か僕が小学4年生になったくらいの頃、家の前の坂道を少し登ったところに住んでいた家族が引っ越していき、空き家になった。父はその家を買い取り、レーザーディスクのカラオケ機器を買い揃えてカラオケルームをつくった。それからというもの、父は夕飯が終わるとせっせとカラオケルームに通い数時間は帰ってこないという日々が続いた。子供ながらに「ほんと歌が好きなんだなあ」と感心したものだった。
ある夜、いつもは台所で忙しなく仕事をしている母の姿が見当たらず「あれ?」と思い、翌朝尋ねてみると、カラオケルームで父の歌を聴いていたとのこと。「憎たらしいところもあるけど、歌ってるときはいい男で歌声にはうっとりする。」と、こちらが照れくさくなるようなことを言った。朝から勘弁してくださいと思ったが、すごく幸せな気分になったのを覚えている。

ムード歌謡を聴くと、真っ暗な村に灯るカラオケルームの明かりと、熱唱する父の歌声にうっとりと耳傾ける母の姿を思い出す。