2018/03/17

 

今年の1月1日に娘が産まれた。

 

妊娠がわかったのは去年の春。なかなか子供ができずに僕も妻も半ばあきらめかけていた頃だった。近所の公園でお花見をしながら、子供のいない今後の人生について穏やかに話し合ったのを覚えている。そのあとすぐに妊娠しているのがわかった。

妊娠がわかった当初は喜びよりも不安の方が強かったような気がする。不妊治療のことや妊娠後のリスクに関しても予め調べていたので、無事に育ってくれるだろうかとビクビクしていた。4週間に1回の定期検診で「順調です。」の言葉を聞くまで、毎回気が気じゃなかった。

5週目に入るとつわりがはじまった。つわりといえば酸っぱいものを食べたくなるとか、突然吐き気をもよおすみたいなイメージがあったけど、妻の場合は常に気持ち悪く食べものも飲みものも受け付けないというものだった。僕は妊婦用のレシピ本なんかを買って(妊娠中食べられない食品が多いことにびっくりした)料理する気満々だったけど、結局2回くらいしか活用することはなかった。つわりは順調に育っている証拠だから喜ぶべきなんだけど、辛そうに横になる妻をみるのは楽しいものじゃないし、かといって何ができるわけでもない自分が情けなく、とりあえず、僕も妻の隣で横になって過ごした。

永遠に続くかと思われたつわりにも終わりがみえた。終わりの始まりは夏祭りの日だったように思う。馬鹿みたいに暑くて妻が倒れてしまわないか心配だったけど、そんな僕の心配とはよそに妻は案外平気そうだった。僕がたこ焼きを食べていたら妻が「きゅうりの一本漬け食べたい!」と言い出した。ここ数ヶ月、なにかを食べたいという言葉を聞くことがなかったので急いで屋台に並んだ。きゅうりをぽりぽり食べながら美味しいと微笑む妻をみて、とても安心した。その日から少しずつ食べられるものの種類も量も増えていった。最終的には僕よりも食欲が出たのだから面白いものだ。

子供を授かってから、人の体ってよく出来てるなあって感心することが増えたのは確かだ。ずっと使っている体のことなのに知らないことが山ほどある。

安定期に入ると、お腹がみるみる大きくなっていった。エコーをみたり、胎動を感じたりすると、「確かにここに生命が宿っているんだよなあ、、」と不思議な気持ちになった。妻はすでに母親の感覚を持っていたようだけど、僕は正直実感が持てずにいた。なんでこんなにお腹が大きなっているのか時々忘れてしまうというか、、妻が大きなお腹を持った生き物になったように感じているというか、、。

「安定期になったら旅行とかして2人で過ごす時間を増やしたほうがいいよー。産まれたらなんもできなくなるからー。」という先輩方の助言通り、秋くらいからは僕も外出や作品つくりを控え妻と過ごすようにした。ただ家でゴロゴロ過ごしたり、ぷらぷら散歩したり、出先で食べたいものを食べたいだけ食べまくったり。僕が仕事を辞めてからはそれに拍車がかかったような日々で、今思えば、とても穏やかで夢のような毎日だった。

小さな旅行にもでかけた。今までは2人で記念写真を撮ることもなかったけど、セルフタイマーを使ったり観光客にお願いしてたくさん記念写真を撮った。妻はアルバム作るんだと瞳を輝かせていたし、無類の家族アルバム好きの僕としても、妻の作るアルバムをみたいと思った。

クリスマスも過ぎて、もういつ産まれてもおかしくないよという段階にきても、僕にはあまり実感がなかった。この実感のなさは男性特有のものなのか、僕が人生に感じている実感のなさと関係があるのか未だによくわからない。そんな話を妻にしたら、「私なんか自分のお腹の中にいても実感湧かないことあるくらいだから仕方ないんじゃない?」と笑った。

そんなこんなで、とうとう大晦日がやってきた。家から1歩も出なくて済むように、前日に買い込んでおいたオードブルやらお菓子やらをぱくつきながら、大晦日番組を適当に流し「子供産まれる前に部屋とか片付けしたかったけど出来なかったね。」なんて話しながら、数枚の写真を撮り、年越し蕎麦を食べて、除夜の鐘が鳴るころには布団にもぐりこんだ。

明け方の4時過ぎ、妻が「陣痛きたかも。」と囁く。僕は寝ぼけ眼でいつもの前駆陣痛じゃないの?と思って生返事をした。しばらくすると「陣痛っぽいけど、、どうなのかな?」と、妻が不安なようすだったので病院に電話してみた。すぐに準備して来てくださいとのことで、予め用意しておいた入院セットを準備して陣痛タクシーを読んだ。

予定日は5日だったので立ち会えるかどうか心配していたのだけど、入院時に一緒にいることができてよかった。病室は個室をお願いしていた。妻は陣痛に苦しんでいたけど、助産師さんたちは「まだ赤ちゃん降りて来てないからちょっと歩いたり腰回したりしてて下さい。」と言って病室から出ていった。僕はもがき苦しんでいる妻に水を飲ませたり、腰をさすったりしながら、「これ1人きりだったらけっこー心細いよね。いやー立ち会えてよかった。」とかなんとか意味のないことをしゃべり続けていた。1時間ほど立ったり座ったりを繰り返しているうちに、妻が唐突に「助産師さん呼んで!産まれそう!」と叫んだ。慌ててコールを押すと、助産師が落ち着いたようすで、「まだ力まないでくださいねー。ベッドまで移動できますかー?」と手際よく準備をはじめていた。妻は「わかりません!」と言いながら、僕の腕につかまりベッドまで歩いた。それから他の助産師さんや先生なんかがわさわさ入ってきて「早かったですねー。」と笑顔で話していた。妻の顔は必死だったし、僕の顔は引きつっていただろう。「まだ力まないで!」が、しばらく続き、「はい、力んで!」が、しばらく続き、12時8分、2786gの小ぶりな娘が産ぶ声をあげた。

あれから3ヶ月と16日経った。あっという間に時間が過ぎた。すくすく育つ娘の変化は著しく、その変化に対応しようと必死に毎日を過ごしている今日この頃。めちゃくちゃ刺激的な反面、めちゃくちゃ疲れる。人生で1番自分の時間が持てない日々だろうとも思う。いや、ちょっと違う。今はこの生活全てが〝自分の時間〟なんだろう。こうして家族3人でドタバタ過ごせるのも数年の間。思い存分楽しもうと思う。