2017/08/01

先月、40歳になった。
だからなにがどうというわけではないのだけど、あっという間にここまできてしまったなあと、時の流れの早さにはいつも驚かされる。積み重ねてきた日常は、積み重ねてきた分だけ積み重なっているってことだけは確かなはずで、ただあまりその実感がないもんだから、その確かさをどうにか感じたいとあれこれなにかしらやらかしてる毎日。

でも、そんな躍起になってなにかを残したりしなくてもいいのかも

電車で母親にべったりとくっついて眠りこけている幼子をみるとき、その心地よさを思い出すし

公園でブランコを漕ぎながら〝ママみてー!〟と叫ぶ女の子とスマホ操作に夢中の母親をみるとき、承認欲求の芽生えを思い出すし

学校のグラウンドで野球の練習してるのをみるとき、短距離走で優勝して誇らしかった気持ちや、腰痛で走れなくなったときの惨めさを思い出すし

新幹線の車中、里帰りかなにかで両親と居心地悪そうにいる中学生をみるとき、お婆ちゃんと一緒にいることろをクラスメイトにみられた恥ずかしさや、そのときお婆ちゃんを邪険に扱った罪悪感を思い出すし

夏祭りではしゃぐ男子や女子をみるとき、田舎の一大イベントだった祭りに好きな女の子を誘うのがこの世の全てだったことを思い出すし

たむろしている高校生をみるとき、バントをしていたことや、頑張るとこをダサく思っていたことや、必要以上に去勢をはっていたことを思い出すし

交通誘導のおっちゃんをみるとき、すぐに辞めてしまったアルバイトのことを思い出すし

街のざわめきや、季節が変わるときに吹く風のにおいや、雨音や、山菜料理の味や、松葉杖や、誰かの笑い方や、音楽や、夏の暑い日に自動販売機からサイダーを取り上げる瞬間や、ちょっとした陽射しの具合なんかでもなにかしらを思い出すし

世界は思い出に溢れていて、こんな僕でも生きることをたくさん体験してきたんだなあと、満足させてくれる。

そんな躍起になってなにかを残したりしなくてもいいのかもって思うけど、あっという間に過ぎゆく日々が、どんな思い出として残ってゆくのかとても楽しみだったりする。